生きてる機械

プラネタリウムは偽装星

きおく

 

後は、あの子のことを少しずつ忘れていく時間があるのかと思うと、つらいなぁ。毛並みや耳の触感も、匂いも、指の弾力も、歩く時の音やこちらにうったえかける感じも、ため息の音も、床をかいて人を呼ぶあの音も、人の指や金網に頭をこすりつける姿も。いまは全部憶えてる。

でも、忘れたくないって思っても、きっとこのさき頭は少しずつ小さな記憶を手放していく。

あの子がいたことは憶えていても、あの子の毛並みの触感まで憶えていられるだろうか。

忘れないように頭の中で何回も再生して巻き戻して、でも繰り返すうちにだんだん記憶が薄れていって、思い出せないことにくるしんで、俯くの、目に見えてる。

頭は残酷なことをしてきます。

そうじゃなきゃいいのに。そうじゃなくできるかなぁ。

いまは君だけがいとおしいです。

 

進むこと

 

マニキュアを塗りたい

 

素爪にマニキュアを塗りたい

白い蛍光灯の下だと手がよけいに青白く見える

生きてるんだなぁ

知らなかったなぁ

うそだけど

 

 

暑い日が続きます

蝉が鳴きます

電柱が青くて、白くて、

夜がとても澄んでいます

 

夏が来ても、昔みたいに世界が膨張して見えない

ちゃんと澄んでいて、土の匂いがあって、

夜の匂いがする

ちゃんと月が見える

 

私は幸せになったんだなと思った

幸せというか、まともに

なったんだなって

 

桜は見ていると気がふれるから好きじゃなかった

ぼんやりとしにそうになるから

いまは桜も夏も大丈夫

そういう意味では、小説家にならなくて本当によかったと思う

いまはまた、わからないけれど

 

文字を書くとすっきりとします

言葉に見放されたはずなのに

さいきん、また言葉で思考出来るようになってきたように思います

きのせいかもしれないけれど

 

静脈管の中に入つていくのも、いまとなっては、良いように思える

 

 

電車を降ります

またね

 

 

いみなんてない

 

だいたい嗅覚と、脳みそか頭蓋骨の裏側に映る映像、あとは気配をたよりに、生きてきた

 

五感以外に、何か言葉には変えがたい察知する力が、たぶんひとにはあるの

 

ハーブティーがすきだよ カフェインは抜いてるんだ

 

音が好きだよ

 

何も決めないで書くのって、どこに行くかわからなくなる

途中で止めなきゃどこまで行ってたんだろう、とか

後半の方が本当の言葉が出やすいなら、とめなきゃもっと大事なこと出せたかな、とか

 

 

きょう、職場で「輩(やから)」の丁寧語って何だろうって話してた

おやからさま? やかられるお方? おやかりになる……?

いくつか出したけど、優雅すぎるとつっこまれた

 

いみなんてない

 

生きてる機械. 1

 

 

生きてる機械

 


信号とプログラム、計算式、配管、ビニル、電線や電光掲示板に溢れたこの世界で、何だって自分の運命などを知りに来るのだろう。

そんな疑問も、とうの昔に蒸気の一部となって消えてしまった。

今では灰色のこの街で、日がなゆるりとお客を招くだけである。

店舗を一つ借りられただけでも自分は相当恵まれた方だ。

外を見遣る。灰色の筺達の陰に何かが動き、地面を黒いものがよぎった。珍しい。まさか野良猫か。いつの時代の話だ。

壁をめぐる配管からところどころ覗くケーブル束を尻目に煙管を持ち直した。指先で操る其れは長い管に繋がれており、取り回しが面倒で、重い。使い慣れればそうでもないのだろうが。


いくつも、いくつも、見てきた。


最初は興味本位だったかもしれない。いや、今となっては始まりなどもはや憶えてはいない。

最初は小さな石だった。次に紙束を扱うようになった。何、商売道具の話だ。危ないもんじゃない。当たり前だ。

そして気づいたら、ここでお客を取るようになっていた。

懐中時計の蓋を開ける。パチンというあの音がなる。軽いような、重いような、掠れたような。人によってはどうでもいい音だ。

午後一時半。そういえば今日はまだ鐘が鳴っていない。この街にはご丁寧に教会なんて物もある。昼と夕方の2回、毎日鐘が鳴り、民間人が出入りしている。子供、大人、老人、そうでないもの。何に向かって祈っているのか識らないが。

私は

言葉に慣れるために、これを書いています。

あれから数年、十数年経ち、私はすっかり宇宙人のようになってしまいました。

言語を介して他者とやり取りすることもできず、ただぼんやりとした何かの中で思考し、社会の中で擬態し、それらしく振舞ってきました。

でも私は、音ではなく、イメージでも、名前のつけられないあれでもなく、言語を、言葉をちゃんと使ってみたかったんです。

私の見たものを、聴いたものを、感じたこと、思ったことを、言葉という、かちかちとしているけれど豊かに美しくなるであろう媒体を使って、表してみようと思います。

 

(自室より。そうだ、あのプレパラートはまだ手元にありますか?)